私は元来ワーカホリックでしたが、度を越えて過労性鬱になったことが一度あります。
地下街を歩いているときに、人々の靴音が豪雨の雨音に聞こえてきて、もうだめだと思いました。
病院に行ったら、まだ本鬱ではないものの、これ以上仕事を続けてはいけないといわれ、薬を出されました。
抗鬱剤を飲んでみたら、曇天が吹き飛んで晴天が現れたかのような爽快感。
効果覿面だからこそ違和感を覚え、私は薬を飲まないことにしました。
私は休暇をもらい、一ヶ月で復帰すると心に決めました。
そして懸命に自分の気が晴れる事、心地よくなることを考えた結果、絞り込んだのは高所の景色を観る事、そして叫ぶ事。
高所はもともと嫌いでしたが、鉄塔作業の経験を経て好きに転じたものです。
そういえば訪れたことのなかった東京タワー、それから都庁やサンシャイン60など思いつく限り登りました。
俯瞰する景色は、すべてが地平線で二つに大別され、巨大なカンバスの中に自分が思い悩むことが融け込んで消えてゆくような気になります。
叫ぶ事については、カラオケで実行しました。
それまでの私は、歌が下手なのでカラオケ嫌いでしたが、独りで憚らず大声で叫び、心を開放しました。
マキシマムザホルモンなど、体に溜った毒を吐きだすイメージで。
また、この出来事は春の頃だったので、公園を散策して池の鯉や亀を眺め、その悠々たる生き様をわが身に写しました。
一ヶ月が経ち、私は医師に回復のお墨付きをもらい・・・私は結局薬に頼らず治してしまいました。
このケース、私の症状は軽く、運も良かったのでしょう。
鉄塔は高所の景観の素晴らしさを教えてくれて、それが病の改善の一助となり、病はまた声を出すことの楽しさを教えてくれました。
人生で嫌いを好きに変える転機はあり、それは予期せず訪れるものだと思います。